尾道の猫
犬派ですか?猫派ですか?と訊かれると、犬派ですと即答する。
犬はもう12年も飼っているから、だいたいの行動は予測できるし相性もいいと思う。猫はわからない。何を考えているのか、つぎにどっちへ動くのか。写真を撮ろうと思っても、たいがい逃げられてしまう。相性が悪いという“思い込み”が猫にも伝わるのかもしれない。
しかし、そんな先入観が吹き飛ぶ事件があった。
昨年の春に尾道へ行った時のことだ。
坂の町と聞いていたので、それと瀬戸内の海を絡めた写真が撮りたかった。町を歩くと猫が多いことに驚いた。もちろん自分の住む町にも猫はたくさんいるのだが、見かけて目が合うとあわてて逃げ隠れして相手にしてもらえないので、あまり気にかけることもなかった。
ところが尾道では猫の存在感が大きいのだ。堂々とゆったりと、町に溶け込むように暮らしている感じがした。
尾道で最初に出会った猫は朝から道端で昼寝をしていた。これはチャンスと思い、ときどき猫を撮るときのように息をひそめてそろりと近づいていくと、こちらの気配に気づき、みゃあ~と甘えた声をだして猫の方から寄ってくるではないか。
そしてしゃがんでカメラを向ける私の膝の上にヒョイと駆け上って座り込む。猫にこんなに好かれた体験は初めてだ。ここまで愛想よくされると相性が悪いなどと言ってられない。猫もかわいいものだ、ひょっとして猫とも相性がいいのかもしれない、と思ってしまう。
でもおまえと遊びにきたわけではないのだ。まだまだ町を見て歩いて写真を撮りたいし、尾道ラーメンも食べなければならない。そろそろ解放してほしいと頼んでも、膝から降りようとしない。無下に突き放すのもかわいそうだと思ってしばらくそのままにしていると、なにやら満足げな顔をして膝の上でうつらうつら昼寝の続きを始める。これは暖かい恰好の寝床が来た、というところだろう。
名残を惜しみながらようやくその猫に別れを告げ、次の目的地に向かう。
そんな尾道での最初の猫との出会いがあって、猫も撮影テーマに加えることにした。すると不思議なもので次々と猫に遭遇する。それもほとんどが想像以上にフレンドリーな応対で余所者の私を歓迎してくれる。
結局十数匹の猫と出会ったが逃げられたのは2匹だけ。そのうちの1匹は逃げたというより、何か取り急ぎの用事があって、その途中にたまたま目が合ってしまい「悪いけどいまちょっと忙しいから」という感じだった。
この日は犬にも数匹出会ったが、犬はあまり尻尾を振ってくれなかった。いつもとは正反対だ。きっと、お前は犬派を装っているが本心は猫のことが好きなんだろうと、犬に見透かされたのかもしれない。家に帰っても愛犬にさんざん匂いを嗅がれて、きついお叱りを受けたのは言うまでもない。
たくさんの愛嬌たっぷりの猫との出会いと別れのなかで思ったことは、町の人々に可愛いがられて暮らすことで、猫もおそらくこの町と人を愛しているのだろうということ。猫を見て、そこに暮らす人々の優しさがわかったような気がした。
そんな安心してのんびり暮らせる尾道の町の猫たちは、見知らぬ旅人を心良く受け入れてくれ、心を暖め和ませてくれた。
ありがとう、いつまでもみんなに愛されて元気で暮らせよ。